2005年11月10日

88番 大窪寺

88

そして結願の寺。
古来多くの遍路さんが様々な想いを胸にここを目指した寺は、緑が深い山中にひっそりと佇んでいた。

わざと遠い駐車場に車を止めて、いつものように身支度をして、一歩一歩今までの足どりを思い返すようにゆっくりと足を進める。そして見えてきた最後の山門。深々と一礼して境内に入る。そして本堂へいき、拙いお経を唱えて今までの旅の無事に感謝。つづいて大師堂へ行き、大師さまと最後の会話。会話をしようと思うんだけど、何も言葉が浮かんでこない。そして大師さまも、何も言ってはくれない。でも何だか清々しかった。何も解決していないんだけど、何の成長もしていないんだけど、これでいいのかなって。こんな自分でいいのかなと思えた。

ずっと「終わり」を目指していたつもりが、実は「始まり」にたたされた感じ。ここに来れば、何かが変わる、何かが解決できる。そんなつもりで始めたんじゃないけど、心のどこかで、そう思っていた。でも、結局何も変わらなかった。悟りも開けないし、自分が特に変わったとも思えない。
ただ、自分自身とこれだけ向き合ったということは、僕の人生でなかったことだ。心の厚化粧のしすぎでわからなくなってたほんとうの自分を洗い出して、自分自身をみつめたときに、今まで見えなかったものがいろいろと見えてきた。
遍路の旅の意味は、そこにあるのだろう。88の寺を巡るということは、自分を知るという目的のための手段にすぎなかったのだ。

大師堂を出るときに「また来るかも」と言ってきた。また来よう。いつかきっと。
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87番 長尾寺

87番本堂
長尾の街の商店街の中にある寺。静御前が出家して尼になった寺として有名らしい。
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86番 志度寺

86 本堂
625年創建とされる古いお寺。本堂は1671年に寄進されたもので重要文化財。
なんだか、この寺のあたりは、本当に記憶が欠落気味。もうすぐ終わるというのに、ローソクが切れて、しょうがなく買ったことくらいしか覚えていない。
そういえば、85番から自転車お遍路さんと一緒だった。気付いたことは、85番から87番までは、車も自転車も同じ時間でまわれるということ。それにしてもそのお遍路さん、お経が流れるようで上手だった。
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85番 八栗寺

85 山門
つづいて、5つの峰が特徴的な五剣山の中腹にある寺。ケーブルカーで本坊前までいける。ロープウェイなどの乗り物で行く八十八箇所の寺は3ヶ所あるんだけど、どこでも乗客は一人か二人だった。それで経営が成り立っているのが毎回心配になった。毎回、なぜかシルクロードの音楽が流れるのが謎だ。

寺巡りも最後が近づいてきたというのに、僕はなんでこんな写真を撮っているんだろう。
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84番 屋島寺

84 境内
景勝地である屋島の山上にたつ寺。もちろん源平の屋島の戦いの舞台となった地だ。
広い境内には、観光地ということもあって一般のお客さんの方が断然多い。普通の観光でくる方は、もちろん手を合わせていくだけなんだけど、その隣でお経を唱えているのは、ちょっぴり優越感を感じる。本当はお経を読めてないんだけど。
境内にあった、宝物館にも立ち寄る。仏像や源平ゆかりの品々があったけど、それほど面白いものはなかった。ただ、庭が見事で、雪の庭と称される白い凝灰石が露出したものを巧みに取り入れた庭が素晴らしかった。


屋島屋島古戦場をのぞむ。ここの下で那須与一が扇を射たのだ。

ミステリー「この先ミステリーゾーン」という謎の看板。
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83番 一宮寺

83 山門
讃岐一の宮の別当寺。山を降りて、高松市街を南に走り抜けた田園地帯に立つ寺。
うーん、この寺、記憶欠落。思い出したら書こう。
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82番 根来寺

82 牛おに
五色台の青峰山中にある寺。境内はカエデの木が多く、紅葉に時期には山が真っ赤に染まるそうだ。この寺は牛鬼伝説というのがあって、400年ほど前に村人を苦しめていた牛鬼を退治しようと弓の名手が待ち構えていたが、なかなか現れない。そこでこの寺で祈願したところ、見事退治に至ったという。そのときの牛鬼の姿をもとにした像が、寺の駐車場脇の森に潜んでいた。

10時30分出発。
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81番 白峯寺

81 山門
10月27日
遍路の旅も最終日。あと残り8寺ということで、朝ゆっくりと出発する。
それぞれの山に5色の名がついた五色台。そのうちのひとつの白峰山にある山寺。歩き遍路には八十八箇所最後の遍路転がしと異名がある難所である。崇徳上皇の御霊が祭られている。
今日も大勢のバスツアーお遍路さんでいっぱいだ。駐車場でタクシーの運転手さんと少し話しをする。たいてい「豊橋からですか?」とか「お一人ですか?」とか聞かれるのだけど、その運転手さんは車に興味があるらしくて僕のことにはいっさい興味がないようだった。なんかそれが妙に俗っぽくて、久しぶりに俗世間の空気を感じた。

9時50分出発。
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2005年11月09日

80番 国分寺

80 本堂
讃岐の国の国分寺。入母屋作りの本堂は鎌倉中期の建築で国の重要文化財。本尊は秘仏で公開されることはないが、これも重要文化財。なんでもその本尊に室町時代のお遍路さんが書いた落書きが残っているそうだ。
800年前の建物も凄いんだけど、もっと驚いたのが梵鐘。これはなんと創建当時の奈良時代のもの。そしてその鐘を実際につくことが自由にできる!1300年の時を越えてきた鐘の音は、甲高くて済んだ音色。悠久のときの流れを体全体で感じることができて感動した。
大師堂がないなあと思って、ウロウロする。見つからないのでしょうがなく納経所兼売店で聞くと、すぐ右手を指差した。げげー、売店のちょっと奥に大師さまが居たー。たくさんのお土産品や、遍路用品に囲まれてお参りするのが、ちょっと面白かった。納経所のおばちゃんも、ざっくばらんな感じで、思い出すだけで心が和む。

本日は、ここで時間切れ。寺を出ようとすると、参道脇に、88箇所すべての寺の石仏がならんでいた。ひとつひとつの寺の名前を見ながら、ひとつひとつ思い出をたぐる。うわあ、全部の寺の光景が目に浮かべることができたよ。右も左もわからなかった1番、楽しくなってきた12番あたり、涙が止まらなかった40番あたり、元気になってきた50番あたり。
明日はいよいよ結願だ。残り8寺、気は焦るんだけど、一方で終わってしまうのが寂しい。結局悟りは開けそうもないけど、自分の中でふっきれたようなものは感じる。明日も晴れるといいな。
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79番 天皇寺

79鳥居
保元の乱で敗れて流された崇徳上皇ゆかりの寺ということでこの名前がついた。
境内に入ろうとすると鳥居が。以前鳥居の奥に寺があったので、今回もそのパターンだろうと思って中に入っていこうとすると、「本堂はこっちやぞ」という声。「ああ、そっちですか、すみません」と声をかけてくれた人を見ると、僕と同じくらいの歩きお遍路さんだった。向こうも、歳が近いと見たのか、僕に近寄ってきた。なんでも僕より1歳上で、もう4回目の歩き遍路旅で、今回はお金を一切持たずに、人からの施しを受けてまわっているそうだ。いつもは他のお遍路さんと話してもそれほど話し込むことはないんだけど、同じ年代の悩みはやっぱり共通するようで、けっこう長い時間いろいろなことを話し込んだ。連絡先聞いておけばよかったなあ。別れ際に、携帯のストラップをもらった。お礼に、500円を渡してきた。今でも元気にまわってるだろうか。
写真の左手水屋にいるのが、そやつだと思う。右の木の下にすわっているのは、絵を描きながら、その絵を買ってもらって得たお金で遍路を続けているというおじさん。

16時15分出発。
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2005年11月08日

72番 曼荼羅寺

72山門
ガイドブックを見ると樹齢1200年という大師が植えた立派な松があると書いてあって、東西17メートル南北18メートルの巨大なものらしいので楽しみにしていたんだけど、境内のどこを見ても無い。後で調べてみたら、平成13年に枯れてしまったらしい。残念だった。

15時出発。
今日はここまでの予定だったけど、時間があるので先に行く。
これから先の73〜78番は、1日目に廻っているので、次は79番。残り10を切った。
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71番 弥谷寺

71けしき
標高382メートルの弥谷山の岩でできた山肌に建つ寺。ガイドブックを見ると、車遍路でも駐車場から25分歩いて登る難所だと書いてあったけど、その駐車場からさらに500円を払うと境内間近まで行けた。それでも境内から本堂までは100段くらい上がる。そこから眺める景色は絶景だった。
岩肌には、弘法大師が彫ったとされる岩を削って作られた磨崖仏がいくつも。人影もなく薄暗い境内は霊気に満ちていた。
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70番 本山寺

70本堂
戦国時代、讃岐の国に攻め入った長宗我部軍はほとんどの寺を破壊したのだけど、奇跡的に兵火をまぬがれたため、貴重な文化財が残っている。本堂は1300年に建てられたもので、外観は京都風、内部は奈良風となっていて、鎌倉時代の折衷様式の傑作として国宝に指定されている。この寺にも幸い他に参拝者がいなかったので、国宝とツーショットが撮れた。
ひととおりお参りが終わって、本堂裏の納経所へいく。窓口へ近づくと、女性の方がいて、コクリコクリと気持ちよさそうに眠っていた。そうだよなあ、お遍路さんはいつ来るかも予測がつかないのに、こうして座って待っていてくれるだけでもありがたいこと。しかも昼下がりだから眠いよねえ、と起こすのも悪いなあといったん外に出ようと思ったら、首がガクッと落ちた瞬間にハッと起きてしまわれた。何事もなかったかのようにサラサラと書いて朱印を押してくれたのが、ちょっと面白かった。

13時30分出発
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68番 神恵院 69番 観音寺

6869山門
目指せ天下一武道会!

つづいての寺は、なんと一つの境内に二つの札所があるというお寺。1ヶ所で二つもかせげるので、お得度が高い。
この寺の境内に上がって行くと、ものすごいお遍路さんの数。そしてその前にはお坊さんが、お寺のことを説明していた。どうもお坊さん同行の遍路ツアーのようだ。大声でガイドをしてくれていたので、僕を含め、ツアーとはぜんぜん関係ないお遍路さんまで、その話に聞き入っていた。
納経をしているとそのツアーの添乗員さんが、大勢のツアー客の納経書に朱印をもらっていた。話をしてみると、愛知県の団体さんだった。興奮して「僕も愛知ですよー」というと、「ああ、愛知県の人がお遍路さんは多いんですよ」と、また愛知の人か、みたいな感じであっさりとした返事だった。帰ってから調べたんだけど、ある1年のお遍路さんに出ている人の出身県を調べた統計によると、四国4県ではなく愛知県が最も多かった。次は三重だったかな。なんでだろー。

13時出発。
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68番 大興寺

67
山を降りて険しい表情から一変、のどかな田園地帯にたつ寺。この寺は珍しいことに、本堂右には天台大師堂、左に弘法大師堂というように、天台宗と真言宗という二大宗派が同じ寺に共存している。もともとは修験道場として栄えた寺で、二大宗派の修験者たちが修行をしていたという。
四国一大きいという仁王門の威圧感、弘法大師が植えたとされる樹齢1200年という楠とカヤの木がそびえたつ参道と、素晴らしい景観が目に焼きついている。
境内には葉が3つに分かれる三鈷の松が。その落ち葉を持って行くといいことがあるらしく持ち帰ってきた。そのとき納経書にはさんでおいたけど・・・、今確認したら、ちゃんとあった!


12時5分出発。
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66番 雲辺寺

66羅漢
四国八十八箇所の寺のうち、最も高い標高927メートルに位置する山寺。別名四国高野とも言われる難所だが、現在はロープウェイが通っていて難なく山頂にいける。
雲のあたりの寺と書いて雲辺寺の名のとおり、下界とは違う雰囲気を想像していたけど、当日はよく晴れていて通常温度差10℃と言われるほど寒くはなかったし、期待していた紅葉も、あまり色づいていなくてやや期待はずれ。雪の頃や、霧の立ち込めたときに来れば、まったく雰囲気は違うんだろうな。しかし、参道にびっしりと並ぶ羅漢像は、山頂のなんともいえない荘厳な空間の中で霊気をいっぱいに漂わせていたし、巨大な毘沙門天像なども見応えがあった。

おたのみなすこれに座って「お頼みナス」と願をかけると願い事が叶うという。ダジャレと思うなかれ、「親の教えとナスの花にひとつの無駄もない」ということわざにあるように、ナスの花は一つの無駄もなく実がなるもの。また「ナス」と「成す」をかけて努力が認められて願いがかなうという意味がこめてあるのだ。(なんか強引だなあ)

県境山頂にある県境、県を股にかけてやった。形式的にこの寺は香川県の1番目の寺なんだけど、行政区分では寺の住所は実は徳島県。11時30分出発
posted by ひろりん at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月07日

65番 三角寺

65鐘楼
愛媛県最後の寺!。
標高450メートルの三角寺山の中腹に佇む山寺。西条ICから高速に乗り、カーナビを頼りに三島川之江ICで降りる。最初の分かれ道。カーナビは左だが、看板は右。とっさのことで、カーナビに従ってしまう。カーナビより看板に従うのが四国遍路の今までの道のりの失敗で培った教訓だったのに。案の定、もの凄い細い山道を走ることになった。崖が崩落していて、迂回路の舗装がされていない道まで走らされた。

寺に着き、急な階段を登ると、珍しいことに山門に鐘が。寺に入る前に、罪の汚れを取り去るべくこの鐘をまずつくのが作法とのこと。紐を思い切って引っ張って、そして手を放すと、静寂に包まれた山の空気の中に、澄みきった鐘の音色が響き渡った。
子授け祈願でも人気というこの寺。なんでも「しゃもじ」を受け取って、それを持ち帰って自宅で実際に使用して、子授けを祈願するという。それってなにかのプレイで使用とかではないよね?

帰ろうとすると、団体のお遍路さんに呼び止められる。どうも輪袈裟には向きがあるようで、僕は反対に着ていたらしい。直してもらったのはいいんだけど、未だに、どっちが表で裏なのかよくわかっていない。

9時40分出発。
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64番 前神寺

64本堂
桓武天皇をはじめ、高倉、後鳥羽、順徳、後醍醐天皇など、歴代の天皇が帰依し、また石鎚山修験の総本山でもある寺。国道から道をはずれて山側にあり、参道を歩いてやや奥まったところにある本堂は抜群の雰囲気だ。
本堂に、座り込んで熱心にお経を唱えているお婆ちゃんが居た。地元の方だと思うけど、次の寺次の寺を目指すお遍路とはまた違った真剣な姿が、今でもとても印象に残っている。

本堂から納経所や太子堂のあるところに戻る参道の途中に小さな滝が。ここに1円玉を投げ入れて見事にくっつけばご利益があるという。投げないと駄目なのかー。僕は1円玉を手でそおっとくっつけただけだった。そりゃ、くっつくわ。でもあれだけあった無数の1円玉は、本当に投げてくっつけたものなのだろうか。


7時50分出発

64滝
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63番 吉祥寺

63本堂
つづいてすぐ近くの、これまた国道11号沿いにある吉祥寺。
順打ち(番号どおり)で進んでいると、寺の看板があちこちにたっているのでほとんど迷うことはないのだけど、この寺は国道を走っていたら「吉祥寺左折」と書いてあったので曲がったら、寺の境内でびっくりした。本堂が目の前。一応山門から寺へは入りたいので、わざわざ一度歩いて寺を出てからまた入りなおした。
別名米持ち大権現というらしく、農家からの信仰があついらしい。今ガイドブックを見て知ったよ・・。

境内にはくぐると富貴をもたらすという「くぐり吉祥天女」が。境内にはけっこう大勢人がいたけど誰もくぐっている人はいなかった。僕はもちろんくぐった。お金持ちになれるかな。

7時20分出発。
くぐりぬけ
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62番 宝寿寺

62 山門
10月26日

今日も朝イチで寺に行く。6時30分ごろには寺に到着してお参りしてから納経所があくのを待っていた。普段はいつもは低血圧で、こんなに早く起きるのは苦痛以外の何物でもないんだけど、不思議と寺巡りしているときは目覚めがよかった。

この寺は聖武天皇の勅願により諸国に建立された伊予国の一の宮の法楽所(経をあげるところ)だそう。国道11号のすぐそばということで、絶えず大型自動車の騒音がするが、綺麗に手入れの行き届いた庭などは、そうした喧騒とは別世界の静寂を漂わせていた。現在本堂は工事中だった。

この寺から今日、ほとんどの寺で行き会った夫妻。奥さんは熱心に手順どおりにお参りしていたが、旦那さんはカメラで写真ばかりとっていた。きっと、旦那さんが定年になったのを機会に、奥さんが行こう行こうと言って無理矢理連れてきた。という構図が滲み出ていた。

大師さまに、今日の朝の挨拶と旅の安全をお願いして次へ行く。
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60番 横峰寺

60本堂
本日の最後は難所のひとつ横峰寺へ。西日本の最高峰石鎚山の中腹にある寺で、先の寺のある西条市街から30分ほどだが、渓流沿いや山の峰づたいに細い山道がつづく難所。去年は豪雨による道路崩壊によって行くことができず、山の下に仮の本堂が設けられていたという。今回も一応復旧しているとはいえ、ところどころで復旧工事が行われていたり流木がいたるところに積みあがっていたりと災害のつめ痕がそこかしこに見られた。
しかし道自体は気持ちがいいの何のって。対向車もいないし、間近で聞こえる渓流の音と薄暗い木立の中を進む道が気持ちがよかった。一応、寺までは有料道路になっていて1800円を払う。

寺の駐車場について外に出ると、寒いっ!たまらず白衣の上から上着を着て寺に向かう。この寺に向かう道が長い。10分は急勾配の道を歩くだろうか。着いたのは16時50分くらいだったので、ギリギリ納経所に間に合った。ここまできて時間切れなのは悲しすぎるしね。
ほとんど誰もいない、山奥のひっそりとした境内。軽い霧があたりに立ち込めていて、神秘的な雰囲気に包まれていた。

今日はここで終了。
山を降りてしまえば、新居浜まで30分たらずで着いた。
今日まわった寺は16寺。先が見えてきた。
一番星みっけ。
あの星は結願後の自分の姿だろうか。
いちばんぼし
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61番 香園寺

61番 香園寺
本来なら次は60番だけど、山奥にあるので、これを今日の最後にまわして、先に61番に行く。
この寺、凄い!!
およそ寺とは思えない赤褐色のコンクリートで覆われた近代的な雰囲気で市民文化会館みたいな感じだ。近づいてもどこにも本堂と大師堂は見当たらないので、職員に聞くと2階にあるとういう。階段を上がって扉を開けると、なんじゃこりゃー!!
そこはまるでコンサートホールのように、600余りの固定席があって、その先に巨大な大日如来が何事もないように鎮座していた。あいた口がふさがらないとは、このこと。靴を脱いで、絨毯の上でおまいりするというのもとても新鮮だ。参拝者は誰もいなかったので、広大なスペースの真ん中に座って一人でしばし唖然としていた。
ちなみに一階は、大講堂でスクリーンがあるらしい。2階はコンサートホールで、1階は映画館?

子宝祈願に人気のある寺で、若い夫婦が何組もお参りにきていた。
16時出発。
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59番 国分寺

59参道
伊予国の国分寺。昔の国府は松山ではなく今治だったのだ。広々とした境内に、ゆったりと佇む本堂や太子堂。かつての大寺院の風格を感じさせる。
広くて気持ちいいので、ダッシュしてみたくなった。寺巡りも後半になってテンションは上がる一方だ。

これで今治市内の6つの寺が終了。
今日はここまでの予定だったけど、もうちょっと行けそうだ。先を急ごう。
15時10分出発。

国分寺に行く前に行った、謎の目的地。
大正琴を抱えた老婦人を見つけるために頑張って入ろうと思ったけど、車がいっぱい止まっていて入りづらかったのでスルーしてきた。そのうち行くだろう。

パイプ
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58番 仙遊寺

58 仙遊寺
標高300メートルの作礼山の山頂にある寺。仙人が遊んでいたと書く寺の名前のとおり、阿坊仙人という人が修行をしていたがある日とつぜん雲と遊んだように消えてしまったという伝説がある。なんかロマンのある寺の名前だ。
珍しいことに本堂の中に納経所があった。ということは、お経を唱えるのを見られている可能性があるということだ。初心者ということがバレないように(別にバレてもいいのにね)、聞こえるか聞こえないかの小さい声でボソボソと唱えた。

眺望がよくて今治市が一望のもと。来島海峡大橋も見える。夏に自転車で渡ったなあ。

14時30分出発

58からのけしき
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57 栄福寺

57
次も間近にある栄福寺。昭和8年に、足の立てない少年がこの寺で転んでしまった。ところが、その瞬間に立てるようになったという事実があるそうだ。病気平癒の信仰が厚い。
今日から唱えている般若心経だが、うまく読めない。どこで区切るのかよくわからないので、息が続かず苦しくなる。でも見ていると、みんなお経の唱え方ってさまざまだ。もの凄い早口の人。呪文を唱えるようにボソボソ言っている人。鈴とか鳴らしながらリズミカルにやっている人。「南無大師遍照金剛」とだけ言って去る人など、さまざまで面白い。

14時出発
posted by ひろりん at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月06日

56番 泰山寺

56本堂
市郊外ののどかな田園風景の中に建つ寺。しかしこの地は、昔からたびたび河が氾濫して多くの命が奪われていた。そこで大師は村人を指導して堤防を建設し、その縁で一寺を建立したという。
境内には、葉が3本に分かれる珍しい三この松がある。中国西安から持ち帰った種が芽吹いたものだという。


13時30分出発。
posted by ひろりん at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

55番 南光坊

55本堂
つづいて今治市内の中心部にある南光坊へ。八十八箇所で「坊」がつくのはこの寺だけ。瀬戸内海に浮かぶ大三島の大山祗神社は航海安全の神を祭っているが、そこに行くには海を渡らなければならず不便だったため、703年にこの地に南光坊などが移転されたという。
市内にありながら、広い境内と新しい本堂など、解放感のある明るい寺だ。しかし、それは同時に、太平洋戦争で建造物がほとんど焼けてしまって復興しきれていない姿でもある。

お参りをしていると、ぶるるるる、と境内の中にある駐車場に大型バイクがはいってきた。よく見ると黒いレザーパンツに、白衣を着たライダーお遍路さんだった。こんな人もいるんだなあ。ちなみに、今日この後、この人とは行く先々で出会うことになる。特に話はできなかったけど、印象に残っている。

13時10分出発
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54番 延命寺

今治城門
次の寺のある今治市まで1時間ほど、海沿いの道を走る。太平洋に面した海ぞいの道にくらべて、波も穏やかでそこかしこに見える島々の影が美しかった。途中で昼食をとったり、電話したりして、5つの寺の密集する今治市へ入った。
今治市の西北にある静寂な雰囲気の寺だ。ここで目をひくのが、総欅作りの立派な山門。これは、明治初期の廃藩置県の際の今治城取り壊しの際に、城門の一つを譲り受けたものだ。

12時45分出発。
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53番 円明寺

53山門
民家の立ち並ぶ中にあるこじんまりとした寺。1650年のものという四国最古の納め札が残る。本尊の厨子に打ち付けられていたのを大正時代にアメリカ人が発見したという。ちなみに、昔はお札を納めるのではなく、お札を打ち付けていたため、八十八箇所の寺のことを今でも「札所」といい、一つ寺をまわることを「打つ」という。お遍路さんどうしの会話の中でも、「今日は10札所も打ったよ」とか普通に言い合ったりする。
山門すぐ左の奥まったところに、ひっそりとした灯篭が立っている。一見しただけではわからないが、よく見ると十字架のようにも見えて、中には聖母マリアのような女性が刻まれている。これは「キリシタン灯篭」といって、キリシタン禁制の江戸時代にあって、寺側がひそかに隠れキリシタンの礼拝を認めていたことを思わせる。仏教だけに限らない、広い心で宗教を認めていた姿勢に、弘法大師信仰の懐の広さを感じる。

これで松山市内の8寺を終えてまだ11時15分。いいペースだ。
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52番 太山寺

52本堂
松山市内を東西に突っ切って、海沿いの小高い山の中腹に横たわる寺。駐車場に車を止めると、500メートルくらい木々に覆われた急勾配の参道が続き、静かな風情が気持ちを解きほぐす。さっきの寺よりも、こっちの方が好みだ。
参道をあがると、やがて見えてくるのが、迫力のある偉容の山門。そしてそれをくぐりぬけると、ぱっと目の前が明るく開けて、広い境内の目の前に広がる巨大な本堂が目をひく。この本堂は、八十八箇所の中では2番目に古く、1305年に建てられたもので国宝に指定されている。幸い、本堂の近辺には誰もいなかったので、携帯のカメラで自分と国宝のツーショットをパチリ。
誰もいないと思ったが、一人でセルフタイマーをセットして急いで走ってポーズを取る光景を、下の写真のワンちゃんが不思議そうな表情で見ていた。

納経所で朱印を書いてもらった方が、髪の長い美人の若い女性の方だった。いつもおばちゃんか、おっちゃんしか居ない納経所なので、不意をつかれてドキっとした。

10時50分出発。


52犬
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51番 石手寺

51五十塔
四国を代表する名刹。広大な境内には、国宝の仁王門、本堂、三重塔、鐘楼、護摩堂、五輪塔、訶梨帝母天堂、銅鐘は国の重要文化財と、見所は無数。道後温泉が間近ということで、一般の観光客も多く、境内は線香の煙でいっぱいだった。おそらく八十八箇所の寺の中で、最も「観光地」という趣が強いのではないだろうか。
静かな寺ばかり巡っているので、正直なところ、雑然としすぎていて落ち着かない。普通にデートしているカップルもいて嫌な感じ。今日から唱えだしたお経を唱えていても、なんだか珍奇な視線でみられているような被害妄想がよぎったりと、煩悩に苦しめられた。数々の見所があるにも関わらず、そそくさと立ち去った。

10時出発。
posted by ひろりん at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

50番 繁多寺

50山門
松山市内の町外れにしずかに佇む寺。寺の山門から見て右側には、市内水源池があって、水が噴出す音が絶えず聞こえる、緑と水の豊かな寺という印象だ。
時宗開祖の一遍上人の修行の地としても知られる。一遍上人は、伊予の豪族河野氏の出なのだそう。また江戸期には名僧龍湖が住職になり、徳川家の深い帰依を受けることになるなど、歴史上のエピソードも多い。

ここでも駐車場で話しかけられる。いや、今回はこちらから自然と話しかけた気がする。山口県から来たという60歳くらいの夫婦。定年退職して最初の旅行でまわっているのだそうだ。遍路めぐりは時間もお金もかかる大人の道楽だとか言っていた。まさにその通り。社会からはなれて自分だけの贅沢な時間を過ごしていることは、最高の贅沢。しかも素晴らしい景色や歴史の遺物にも触れられるのだから言うことなしだ。

9時30分出発
posted by ひろりん at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月05日

49番 浄土寺

49本堂
平安中期に空也上人が3年間滞在したことがあり、この地を去るときに、自身の像を刻んだものが本堂に安置されている。これは国の重要文化財。空也上人像は国内に二体だけで、もうひとつは京都の六波羅密寺にある。
本堂は室町時代の1482年に豪族河野氏が建てたもの。和様と唐様が折衷した室町期の代表的な建築様式。これまた国の重要文化財に指定されている。

駐車場がお寺から少し離れていたので歩く。タオルを髪に巻いて、軽快に歩いていたら、地元のおばちゃんが近寄ってきた。「少ないけど頑張ってね」というと、500円をくれた。「いやいや、貰えないですよー」と断ると、「接待は断るもんじゃないけ」と優しく諭された。
そう、遍路には「接待」という文化があって、四国中の人に浸透しているのだ。ただ一見のお遍路さんを弘法大師とみたてて、功徳を積むということなのだが、何の見返りもない地元の方の優しさは強烈に心をうつ。すこし話をさせていただいたけど、本当に弘法大師の教えは生きているんだなあということと、隣人の顔すら知らない世の中なのに、初めて合った人にここまでやさしくできることに、涙がでそうになった。

9時出発。
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48番 西林寺

48山門
大師の霊力による湧水伝説が残る杖ノ淵公園の間近にある寺。綺麗に手入れされた庭園や、池の真ん中の島にあるひとつだけ願いをかなえてくれつという一願地蔵が目をひく。本尊は十一面観世音菩薩だが、秘仏であるので住職さえほとんど見たことがないらしい。一説によると、後ろ向きに立っているとも言われ、本堂の裏側からお参りする人もいるとか。実際に行ってみると、賽銭が本堂の縁のところに置かれていた。

この寺に入るときに、急に便意が。トイレに駆け込んだんだけど、トイレットペーパーがない。困ったなあ、車は掃除したときに片付けたし、納経所で貰うのかなあと思いつつも車を念のため探してみたら、なんと、運転席の下にポケットティッシュが転がっていた。ありがとう大師さま。これだけ寺をまわっていても、相変わらず信仰心は薄いんだけど、そのときばかりは弘法大師の存在が身近に感じた。

8時35分出発


48地蔵一願地蔵。
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47番 八坂寺

47山門
つづいてすぐ近くにある八坂寺。鉄筋作りの本堂や、コンクリートでできた参道など、洗練された近代の寺という感じ。701年に文武天皇の勅願寺として建立された。
水がうってあって、朝の秋のさわやかな寒気とともに、清々しい雰囲気の寺だった。
8時出発
posted by ひろりん at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

46番 浄瑠璃寺

46境内
10月25日
今回の遍路の旅、28日に帰らないといけないので、実質あと3日しかない。それなのに、まだ37の寺をまわらないといけない。これはまずいなあと思って、早起きをして納経所の開く7時には寺に行く。松山市内と今治市内にたくさん寺が固まっているので、数を稼げるだろう。

このお寺は、「ご利益のよろず屋」の異名があるほど、さまざまなアトラクションがある。仏石に裸足になって立つと健脚・交通安全に。仏手石に手を触れると、知恵や技能に。仏指紋石に触れると、心身堅固と文筆達成などに利益がある。
もうひとつの見どころは、境内にたつイブキビャクシンの大木。弘法大師が植えたといわれ樹齢は1000年以上だという。

お寺に一番乗り。境内をお寺の方が竹箒できれいに掃いていて、落ち葉ひとつ落ちていなくて、気持ちが良かった。納経所でも「朝早いね」と誉められた。納経所の方と、しばし雑談。どこから来たの?と聞かれて愛知だと答えると、その方は愛知にいたこともあるようで、かなり詳しいことまで知っていた。渥美半島で農産物を買ったこともあるそうだ。遠い地域で、自分の住んでいるところを知っている方に出会うと、無性に愛知が恋しくなる。普段住んでいるだけでは気付けない、愛知への愛情を気付かせてくれた。
posted by ひろりん at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月04日

45番 岩屋寺

45山門
45本堂

深山幽谷の地にある寺。駐車場に車を止めると、ちょっとした売店が参道にあって、ほどなく山門に。ここから杉木立の中を細く急な266段の階段を登る。ちょうど金毘羅の奥の院へ行くような感じで、ところどころに地蔵や墓標が並んでいる。
息を切らして上がると、岩壁を切り抜いたような狭い場所に本堂や納経所が立ち並ぶ。写真をみるとわかるように岩にへばりついているようだ。
空飛ぶ仙人から山を献上された太師は、木像と石像を彫り、石像は岩山に封じ込めたという。山そのものを本尊とするということから、本堂は大師堂よりも小さいのがわかる。

納経所で朱印を書いてもらっているときに、書きたての墨を乾かすために挟んでくれた紙にはっとなる。
「納経は美術作品やスタンプ収集のためではなく、ご本尊さまに納めたお経を確かに受け取りましたという証です。うんたら」
そっか、だから納経書っていうんだね。寺めぐりも半分まできて、そのことに気付くとは。拙いけど、次から般若心境だけでも読もうと心に決めた。

出発は4時半。次の寺までは1時間ほどかかるので、今日はここで終了。次の寺のある松山市まで行って宿を取る予定だったんだけど、松山市内へ入る道が大渋滞中。新居浜までは1時間で帰れるので、高速に乗って新居浜まで帰った。
posted by ひろりん at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

44番 大宝寺

44参道
次の大宝寺までは2時間ほど。寺を出てできたばかりの高速に乗り、内子五十崎ICで降りて、山道をひたすらあがって行く。オープンにして、渓流の音や木々の木漏れ日を全身で感じつつ、目的地を目指す。途中で写真なんか撮ったりして。
そんなんで気持ちよく走っているときだった。レーダーがけたたましく鳴ったかと思ったら、目の前に警察官が居て誘導された。スピード違反で捕まってしまった!せっかく四国まで来て修行してるのに、何で捕まえるんだ?と納得がいかなかったけど、警察の方が(見逃してはくれんが)とても優しく応対してくれて、思い直した。
これも修行のうちだ。ちょっとオープンカーに自惚れながら調子に乗っていたのかもしれないなと。季節柄、歩き遍路さんも多いし、いつ交通事故の加害者になるかもしれなかったとか思って自分を戒めた。

そんなわけで予定より遅くなって大宝寺についた。
88箇所のちょうど半分のこの寺は、後白河天皇が脳の病を患ったときに病気平癒を祈願し、そのかいあって平癒したため、多額の寄進をし妹宮を住職として勅願寺とした。脳の病気について信仰があついため、今では受験生が合格祈願にくるそうだ。(ん?脳の病気と受験って関係あるのかな。)
本堂までの参道には、樹齢300年を超える杉や檜がうっそうと立ち並び、奥深い山寺の霊気を感じる。先程の出来事を大師さまに報告して寺をあとにした。

15時到着。

44行く途中44へ行く途中の山道。この写真を撮った直後に捕まった。
posted by ひろりん at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

43番 明石寺

43山門
源頼朝が、命の恩人の池の禅尼の菩提を弔うために権現堂や宝輪塔を寄進するなどの歴史がある寺。それにちなみ、山号も源光山という。女神が願をかけて夜中に石を運んだという伝説から「あげいしじ」と呼ばれたが、今では「めいせきじ」と読む。なぜだ?
お札が無くなったので、山門を出たところの売店で買い足す。そこでも売店のおばちゃんや、一人旅の女性から話しかけていただく。別に中身のある話をするわけではないのだけど、みんな優しく接してくれて心が和む。絶対に「どうしてまわっているのですか?」みたいな答えづらいことは聞かないし。

12時50分出発
posted by ひろりん at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

42 仏木寺

42鐘楼
龍光寺から4キロ、こちらも山間ののどかな風景の中に佇む寺だ。大師と牛にまつわる寺の縁起から、家畜やペットの寺として信仰をあつめている。本堂は1728年に建てられたもので、浅野内匠守とともに勅使饗応役を務めた伊達若狭守が建てたもの。
この寺で一際目を惹くのが、風情のある茅葺き屋根の鐘楼。元禄年間に建てられたもの。実際に鐘をつくこともできて、そこから山村に響く音はなんともいえない心地よく時の流れを忘れさせる音だった。
posted by ひろりん at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

41番 龍光寺

観自在寺からは約50キロ、1時間半ほどかかるということでのんびりぼおっと運転する。そろそろ寺めぐりも中盤、なにか悟りめいたものが見えてきてもいいのだけど、何も見えない。ただ、この旅は、自分のためだけに時間を使う贅沢な旅だ。自分と向き合うことが大事だと、先達さんも言っている。悟りは自分の中にあるのかもしれない。
とか、考えていたら、目的地を通り越していた!
今回に限って、カーナビをセットしていなかった。慌ててカーナビで検索すると、もの凄い山道を選びやがった。10キロ近く、対向車が来たらどうするんだ?という道が続く。幸い、10キロの間、対向車は一台もなかった。それはそれで寂しい。

そして41番、龍光寺。
山間の静かな農村地帯にある寺だ。駐車場に車を止めて、寺に向かうのだけと、鳥居と狛犬が見えるだけで寺は見当たらない。もしかしてこの鳥居の中?と思ったけど、奥に見えるのはやはり神社。おかしいなあと思ったら、その神社からお遍路さんが降りてきた。どうも寺と神社が同居しているらしい。紛らわしい。

納経を終わって、境内のベンチで座り込む。理由は忘れたけど、なんか悲しくなってきて溜息とかついてぼおっとしていた。すると、遍路ツアーの添乗員さんが僕の横に来て話かけてきた。昨日から僕をちょくちょく見かけていたそうだ。世間話をした程度だったけど、知らない場所で知らない人と、何の打算も計算もない会話ができることが、なぜだかとても嬉しかった。
posted by ひろりん at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月03日

40 観自在寺

40かえる

愛媛県に入って最初の寺は、1番の霊山寺から最も遠い場所に位置するため、「四国霊場の裏関所」と呼ばれている。
平城天皇の勅願所として弘法大師が開いた寺で、平城天皇や嵯峨天皇などは行幸されるなど、天皇家から熱い信仰を受けた寺だ。また宇和島2代目藩主伊達宗利の勅願所になった歴史もある。
広々とした境内の中には、カエルの石造が。願い事を唱えながらカエルをなでると願い事がカエルそうだ。何を願ったっけな。忘れちまった。

9時40分出発。
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39番 延光寺

39山門
10月24日。3日目スタート。8時15分ごろにホテルを出て、8時30分ごろ到着。

土佐最後の寺は、亀が寺のシンボルという延光寺から。
境内に入ると目に入るのが、梵鐘を背負った亀の像。竜宮城から鐘を背負って持ち帰ったという伝説がある。浦島太郎の伝説の地ということだろうか(これとは別かも)。この鐘は寺宝として伝わっていて、911年の銘のある県内でも最古のもので、国の重要文化財にも指定されている。
弘法大師が杖を突き刺して水が湧き出たという井戸は、今でも本堂のそばから湧き出ているが、これは「眼洗井戸」といって眼の病気に御利益があるそうで、この水で眼を洗う人もいる。

この寺に着いたときは僕一人だったけど、その後8人くらいお遍路さんが来たけど、全員に抜かされてしまった。僕みたいに、寺の見所を逐一見ているのは珍しいようだ。適当にお参りして、朱印をもらって、さっさと次の寺へいく方がほとんどのような気がする。それもお遍路として否定はしないけど、せっかくこれだけのアトラクションがあるのに見過ごすのはもったいないよね。



39亀
posted by ひろりん at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

38番 金剛福寺

38 あしずり
37岩本寺を出て本来なら38へ行くところだけど、実は夏に足摺岬に行ったときに朱印を貰っているし距離も遠いということで、行こうかどうか迷った。でも、39へ行くにも遠いし、前回はお札もおさめてないし、ちゃんとおまいりをしてなかったので、行くことにする。再び、四国最南端の足摺岬にある金剛福寺へ。約2時間半、着いたころにはもう5時間際だった。

天皇家、源氏一門などともゆかりが深く、土佐でも最大級の大寺院だ。この寺は補陀落(インド南部にあるという観音浄土)の東の入り口であるとされ、仁王門には嵯峨天皇の筆の「補陀落東門」という扇額があったという。源氏一門の多田満仲が建立したという多宝塔は、台風が頻繁に通過する地域のため幾度も立て替えられているが先端部分の九輪宝塔だけは建立当時の700年前のものだ。また平安期の女流歌人和泉式部が、黒髪を埋めた逆修塔などもあるなど、見所が満載。ゆっくりお参りしたいところだったけど、蚊が凄いのなんのって!せっかく時間をかけて来たのに、そそくさと立ち去った。

今日はここで終了。
1時間ほどかけて39番のある宿毛市まで行って、最初に目に入ったビジネスホテルに宿泊した。
宿毛市までは、西海岸の道を走るルートだったので、夕焼けが綺麗だった。昔の人が、極楽浄土は西方にあると考えた気持ちがわかった。

ゆうやけもちろん、写真では伝わりきらないけど。
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37番 岩本寺

37本堂
清龍寺を出てから、海が見えて景色が素晴らしい横浪黒潮ラインを経て国道56号を南下。青い海岸と緑から赤黄色に移りゆく木々が素晴らしかった。オープンカーを運転するには最高の季節が今だ。とはいうものの、昼下がり、休日というので四国にしては混雑して60キロ平均で延々と運転していたら眠くなってきた。途中でアイスクリンを買って食べた。高知に行くと、そこかしこにパラソルを開いて行商している謎のアイス。
ちょっと調べてみた。

アイスクリンの歴史
日本で最初に味わったのは、勝海舟や福沢諭吉らで渡米視察(万延元年:1860年)の際にワシントン政府の迎えを受け、船上にてアイスクリームを口にしたそうです。
「珍しき物有り 氷をいろいろに染め、物の形を作りこれを出す これを(あいすくりん)という」と、その帰朝報告書に記され、明治2年、横浜馬車道通りで「町田房蔵」という人が”あいすくりん”として製造販売したのが日本で最初のアイスクリームといわれています。
自動車の普及と共に、道路脇にパラソルを開いたアイスクリン屋が急増し、高知県内に100本以上のパラソルが咲きました。その間、アイスクリンの名称が珍しい、1×1=1が珍しい、アイスクリンの商売人が多いということでマスコミに取り上げられ、高知の気候風土にも合い、高知名物アイスクリンとして今に至るという訳です。     資料提供:高知アイスクリーム商工業(協)

謎がとけた。
というわけで、岩本寺。14時20分ごろ。
四国霊場で唯一5体の本尊を安置する欲張りな寺。5体それぞれに真言を唱えないといけなかったようだ。とうぜん僕はやってない。いつものように、本堂と大師堂でおまいりをしただけだった。
まだ真新しい本堂を見上げると、色彩豊かな絵が並んでいた。面白くって仏像や動物の絵に見入っている中でみつけた。
ま、マリリン・モンロー!?


37の壁画
posted by ひろりん at 16:01| Comment(11) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

36番 青龍寺

36 山門
海沿いの半島(横浪半島?)の、やや奥まったところに建つ寺。弘法大師が唐の清龍寺で、恵果和尚に真言密教の奥義を授けられ、その恩義に報いるためにも日本にも青龍寺を建立したいと考えた。そして唐から日本に向けて、密教の法具である独鈷を東の空に向けて投げた。それが引っかかっていたのが、この地。ここに寺を建てることになった。そんな馬鹿な!と思うのは、寺めぐりの世界ではタブーだ。
臭うもん、じゃなかった、仁王門から本堂のある境内までは170段の急な階段を登る。しかし、途中は木がうっそうと生い茂っていて昼間でも薄暗く、滝があったりして風情抜群。足も軽やかに登りきると、うぎゃー、白装束の集団が100人ぐらいいただろうか。線香もローソクも立てるスペースがないよ。しかも、大勢の人の前に線香を立てるところがあって、僕がアチチとやっている一部始終を見られていて、失笑が起きていた。そしてお札を納めて、賽銭を納めたら、それを合図にするかのように、その集団が一斉に読経を始めた。居たたまれない雰囲気だったけど、ちゃっかり最前列で僕も参加。なんだか僕のためにみんながお経を唱えているような気分だった。

寺を出る。次の寺までは1時間半くらいかかるので、海沿いの道だしオープンカーで行こうと屋根を開けて出発。そしたら、さっきの100人くらいの人たちとまたぶつかった。人ごみを掻き分けながら、ゆっくり進むオープンカー遍路。あちこちから、ヒソヒソ声で「さっきのお兄さんよー」とか「かっこいい車、地元の人かしら、あら白装束着てるわ」とか聞こえてきて、ちょっと恥ずかしかった。

12時50分出発
posted by ひろりん at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月02日

35番 清滝寺

35境内
医王山中腹に位置する山寺。車でいくときには物凄い細い急勾配の道を上がっていく。3ナンバーの車では無理ではないだろうか。それほど交通の弁が悪いので、自家用の消防車が境内脇に配備されていた。寺の名前にもなっている滝は、今は存在せずに人工のものになっている。
山門には龍の絵が描かれていて、その迫力が凄い。どこに立っても龍と目があうように描かれているそうだ。
本堂の前には高さ15メートルの薬師如来像が。この像は体内巡りができる。誰もやっている人はいなかったがやってみる。中は本当に真っ暗で、手探りと忍び足で恐る恐る巡る。一人では本当に怖かった。厄除けに御利益があるそうだ。

12時出発

35からの眺め
眺望抜群。土佐市が一望できる。
posted by ひろりん at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

34番 種間寺

34山門
創建は古く、6世紀後半のこと。大阪の四天王寺を作るために百済からきていた技術者が帰国する際に土佐沖で暴風雨にあって、避難した際に仏像を彫り、それを安置して航海の安全を祈願したのがはじまりだそう。
そうした歴史はあまり感じさせない明るい境内で、山門もなく周囲は田園地帯ということもあって解放感のある寺だ。百済の仏師の彫った薬師如来像は、国宝に指定されていたそうだ。

11時10分出発
posted by ひろりん at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

33番 雪渓寺

33山門
歩きお遍路は渡し舟を使う浦戸湾を浦戸大橋を渡って超えて次の寺へ。桂浜はもちろん素通りだ。

四国88の寺の中でも珍しい禅宗の寺。鎌倉時代には運慶や息子の湛慶が来山して慶運寺と称していたが、戦国期に長宗我部元親の庇護を受けて、その縁で真言宗から臨済宗に寺を改宗。そして元親の法名をとって雪渓寺と改めた。
ちなみに、この長宗我部元親、四国統一のために他の国に攻め入ったときに、多くの四国88箇所寺院を破壊していて多くの文化財が失われてしまった。しかし一方で、本国の土佐の寺は、手厚く保護をしていて歴史の表と裏を感じる。

10時45分出発
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2005年11月01日

32番 禅師峰寺

31からのながめ
土佐湾に面した小高い峰山山頂にたつ寺。海上交通の安全を祈願して建立されたことから「船魂観音」と呼ぶ人も多い。初代土佐藩主の山内一豊も参勤交代の際には必ず参拝したという。
山の上ということで参道も急勾配だが、それを登りきると壮大な景色が広がる。土佐湾、浦戸湾、桂浜が一望できて爽快だ。お参りもほどほどに、その絶景をけっこう長い間ぼおっと見ていた。
仁王門で睨みをきかせる金剛力士像は、平安時代の仏師である定朝作といわれ、国の重要文化財に指定されていて、これまた見所。

山の麓には、温室がずらっと並ぶ。
同業者として無視できずに、じっくりと見学していきたいところだったけど、あいにく温室の中は、空っぽのところが多かった。見たところ、メロンを作っているらしかった。温室の造りは、台風の多い地域ということもあってか、やや低め。そして潮が当てるという理由もあって老朽化が激しいと感じた。
posted by ひろりん at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

31番 竹林寺

31本堂
 9時到着。
724年に聖武天皇の勅願により行基が開創した高知の名刹。風光明媚な五台山の山頂に悠々と横たわる大寺院だ。本堂は室町時代のもので、国の重要文化財。僕は見忘れたんだけど、客殿の西部と北部に広がる池泉鑑賞式の庭園は、鎌倉時代の名僧にして名作庭家でもある夢窓疎石の手によるものとされている。

市内でも桂浜などと並ぶ観光名所らしく、一般の方の多くてにぎやかだった。もみじの木も多くて、あと一月もすれば紅葉の名所だなあと、想像を膨らませてまだ青いもみじを眺めていた。
posted by ひろりん at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

30番 善楽寺

4e0bb016.jpg お寺の写真を撮り忘れた代わりに、これが各お寺でもらえる御朱印。納経所の方が一字一字丁寧に書いてくれる。お寺をまわったという証明になる。おそらく右から「奉納 (本尊の名前) (寺の名前)」になっていると思う。ちなみに右ページ右から「奉納 阿弥陀如来 善楽寺」と書いてある。
下のファイル冊子にあるのが、ご本尊の写しで、これも一緒にもらえる。コレクター魂を刺激してくれる。これだけしてもらって300円払う。

2日目は、夏の遠征の際に中断した高知県から。7時に起きて、7時半ごろ出発。8時10分ごろに到着。
寺につくと、いきなりバスが2台止まっていて、多数の白装束の集団。今日は日曜日だし、巡礼者が多そうだなあといきなり気が滅入った。案の定、納経所も混んでいて、朱印をもらうのにかなり待った。

もともとが土佐一の宮の別当寺として建立されたが、廃仏毀釈や二つの30番札所が濫立するなど歴史に翻弄された寺だ。こじんまりとして、真新しい本堂からは、そうした歴史は微塵も感じない。意に介していないといった方が妥当だろうか。
posted by ひろりん at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

73 出釈迦寺

73奥の院
16時50分到着

標高481メートルの我拝師山の麓に建つ寺。写真はこの寺から見える奥の院で、大師が7歳のときに「仏門に入って多くの者を救いたい、この願いがかなうなら釈迦如来よ現れたまえ」と念じて断崖から身を投げて、そして釈迦如来と天女が現れて大師を抱きとめたという伝説がある。
時間があれば、山頂まで登って奥の院へ参拝して、大師が身を投げた捨身ヶ嶽禅定を覗き込んでみたかった。徒歩で40分くらいだそうだ。

17時で納経所が閉まるので、先に納経をすませてから、ゆっくり参拝。そして本日はここで終了。最寄の善通寺ICから宿泊拠点の新居浜市まで松山道を通って帰る。100キロ以内なのでETCの通勤割引で1000円。

夜は、新居浜の郷土料理をごちそうしてくれる居酒屋へ。
新居浜の郷土料理であるふぐざくをいただく。フグの身や皮をザクザク刻み、ネギやカワハギの肝をのせて紅葉おろしとポン酢で味わう。これは絶品。コリコリした皮が癖になる。一人前1600円。フグの皮を食べたら、余った汁に湯豆腐を入れるのがツウなのだそうだ。これまた美味かった。
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2005年10月31日

74番 甲山寺

74山門
続いての寺へ向かう。4時30分着。

寺の間の移動はカーナビに寺の電話番号を入れて検索していくことが多いのだけど、昔ながらの道の延長線上にある寺が多いので、最短距離で検索してしまうカーナビでは物凄く細い道を選ぶこともある。この寺にいくときには参った。だんだん道が細くなって、最後には未舗装の獣道のようになってしまった。仕方がないので、大通りまで引き返して、逆側から行ったら道も広くてスンナリと行けた。

甲山を背にし、弘田川のそばにあるこの寺は、大師が満濃池の工事を完成させた報奨金で建立されたという。大師堂の隣には、毘沙門天を安置した岩窟があって、中に入ると幽玄な雰囲気がたっぷりで霊気を感じる。

この寺をまわっているときに、バスで来た多数のお遍路さんと行き会った。秋の過ごしやすいシーズンということで、ツアーでおまいりする年配のお遍路さんが今の時期は多いんだなあと実感。全員で一斉に唱えているお経にビビって、体を小さくしてそそくさとお札と賽銭をおさめて、後ろでこっそりとお参りした。
納経所で朱印を貰うのは、お参りをしているときに、添乗員の方がやっているんだけど、大人数なので、なかなか終わらない。見かねた納経所の方が、僕の分だけ先にやってくれた。ありがとうございます。
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76番 金倉寺

76本堂「
16時到着

1898年から3年間、乃木希典が善通寺師団団長を務めていたときに、この寺の客殿に滞在していたという。客殿には愛用の品々が展示されているようだが、残念ながら原則非公開らしく見ることはできなかった。
閑静な広い境内と、真新しい建築物。その中にもいろんな歴史が刷り込まれているんだなあと。
駐車場横に、お砂踏み道場なるものが。これは88箇所の砂を踏んで本尊に拝して、四国巡拝に替えようという略式の参拝。やってみようと思ったが、中の見えない扉を開ける勇気がなかった。

納経を終わって帰ろうとすると前方の方から、昔懐かしいヤンキー風の若者と気の弱そうな少年が本堂の方へ歩いてきた。
これはもしかしてカツアゲの現場か?とか一瞬思ったんだけど、よく見ると、その少年は松葉杖をついていて、ヤンキー高校生がその子を支えるようにして歩いていた。そして二人で楽しそうにお寺の風景について会話していた。
どんな関係なんだろう。怪我でもさせたのだろうか。それとも兄弟だろうか。でもそのヤンキーの高校生がとてもいい笑顔で接しているのを見て、今の若者も捨てた物ではないなと思った。きっと学校や家族の前ではつっぱってるんだろうけど、本当は心優しい若者なんだなと。
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77番 道隆寺

77本堂
つづいて15時30分ごろ到着。
道沿いの駐車場に止めると、続いて横にきた車から若い女性が降りてきて寺へ向かっていった。お遍路さんに若い女性は珍しいので、チラチラと見ていたら、とても熱心にお経を唱えてお参りをしていた。納経所の方と話しているのをちょっと聞くと、どうもお子さんを亡くされたようだった。そんな哀しみを抱えているとは微塵にもあらわさず、すれ違ったときに「こんにちは〜」とにこやかに挨拶してくれた表情が今でも忘れられない。

このお寺は、「眼なおし薬師さま」として全国的に有名らしく、全国から祈願者が集まるそうだ。
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78番 郷照寺

89の本堂
忘れないうちに書いていこう。
今回のお遍路の旅は、8時に愛知を出て、いつもは高くて(瀬戸大橋よりも3000円くらい高くなる)通らない明石海峡大橋と大鳴門橋を通るルートで四国に上陸。日程の余裕もないので、香川県のお寺を先に時間があるだけ回ることにした。お遍路は、別にどこからまわっても、どうまわっても良いのだ。

そんなわけで14時50分に坂出ICそばにある郷照寺に到着。
到着するとあたりは賑やか。近くの神社でお祭りをやっているようだ。太鼓や御輿をかつぐ声などが聞こえて、着くなり楽しい気分になってしまった。
そして、2ヶ月ぶりのお参り。
ローソクと線香をたてて、お札と賽銭を納めて、静かに手を合わせる。う〜ん、やっぱり落ち着くなあ。また来たよということと旅の無事を祈った。

このお寺は、札所中唯一の時宗のお寺だ。本堂は江戸初期のもので、東大寺などの奈良の寺院によくみられる、いわゆる奈良様式の造りだそうだ。たしかに、東大寺の大仏殿と似ている。瓦などは、平成9年の修理で新しいものになっているらしく、真新しい佇まいだ。
本堂と大師堂におまいりをして、ふと横をみると見事な日本庭園が。しかもその中心にはとても立派な木が枝をいっぱいに伸ばしていた。この木はホルトの木で、1594年に本土の信者が苗木を持ち帰ったものだそうだ。高さ26メートル。幹まわりは4メートル。
また、小高い街はずれに建つ寺は眺望もいい。すぐちかくの瀬戸大橋も見渡せた。

89の庭89からの眺め
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2005年10月30日

結願証と青切符

9a2a4597.jpg
黄色いオープンカー遍路が現れたという情報は、四国警察を震撼させたようだ。

10月24日、愛媛県の山中の気持ちのいい道路をオープンにして疾走しているときの出来事だった。
50キロ道路で66キロで、捕まえるんだなあ。
警察も、スピード違反で止めたものの、思いっきり県外の、しかもお遍路さんの僕を見て少し申し訳なさそうだった。
「若いのに偉いねえ、一人で」
じゃ、捕まえんな。

それにしてもなのは、肝心なところで役立たずのレーダー。
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2005年10月28日

かえった。

無事に帰ってきました。

昨日八十八箇所、全部まわった。
とにかく達成感でいっぱい。
今日帰ってきたんだけど、気が抜けてしまって、物凄い疲労感。
いろいろと考えながらまわったんだけど、結局、何も答えは出なかった。
でも、今置かれている自分の幸せや、生きるということの意味がもしかしたら少しわかったような気がする。
結局、人間の欲というのは、自分の本来生きる道が水平だとすると、垂直方向に位置するもの。垂直方向に手を伸ばしても、欲には限りが無く遠ざかるだけ。ただ、そうした無意味の人生を追求するのも、また人生。そうしないのもまた人生。人の幸せとは、自分の心が決めること。そして、悩むのも、また人生なのだ。色即是空。空即是色。生きてることと生かされていることにまず感謝して、一生悩み続けよう。
これを、60歳を過ぎてまわるよりも、20代の今のうちにまわったということは、これから生きていく上で、大きな影響があるように思う。最初は、興味本位というかウケ狙い(笑)ではじめたんだけど、本当に行ってみてよかった。

寺の詳細は、後々まとめていこう。写真もさんざん撮りためてきたので。


henro
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2005年10月23日

四国から

今は宿毛市のビジネスホテル。お遍路さん割引価格で泊まれて、無線LAN完備だ。

今日は、前回のつづきの30番善楽寺から。
再開してまず気づいたのは、お遍路さんの数が多い!
すごしやすい季節になって、団体のお遍路さんが大型バスで次々に乗り付けているのだ。マイペースでやりたいので邪魔だなあと最初は思っていたんだけど、よく考えれば自分もそのひとり。皆さん、いろんな悩みや苦しみをかかえてやってきているのに、自分探しのためのレクレーション感覚でやっているんだから、文句をいうなんておこがましいことだった。それに、だんだん慣れてきたし。ちゃっかり団体の後ろでお経を唱えていたりね。一人でやってると、お経はどこで区切るかわかんないんだよなあ。

順調に高知市内の寺をまわって南下。以前に1回来た足摺岬にある38番寺まできて、本日は終了。次の寺のある宿毛市まで移動して宿泊。

日本シリーズを見てるだけど、ロッテは一方的すぎて逆に怖い。こんなに点を取ると、このあと一気に勝負をきめない限り、反動が怖い。阪神は力のあるチームなので、油断は禁物だ。
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2005年08月31日

16番 観音寺

かんのんじ
国分寺から僅かな距離にある。昔は阿波国の中枢だった地域だが、今は昔の面影を残す街並みに溶け込んだこじんまりとした佇まいを見せる寺だ。
堂内には、女性が炎に包まれた額が。これは明治時代に、ある女性が焚き火中に白衣に火が燃え移った事件が。一命を取り留めたが、その女性は姑を薪の残り火で叩いていじめた過去があって、そのことを大師に諌められたと反省し、その絵を奉納したという。
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2005年08月22日

14番常楽寺

じょうらくじ
四国八十八箇所で唯一弥勒菩薩
を本尊とする寺。日本三体のひとつと言われる傑作仏像だそう。
ここの見所は写真にもある境内のゴツゴツとした岩肌。これは「流水岩の庭園」と言われ、境内を移す際に山を切り崩したためにできたもので、雨や風などの影響によって、今も刻々と形を変えているという。
また、本堂前にそびえる「あららぎの霊木」は、あらゆる病気に霊験があるらしい。

このお寺に入る前に、山門前でお弁当を食べていた老夫婦が話しかけてきた。
話を聞くと、焼山寺からずっと僕と一緒だったらしい。
お互いにどこから来たとか簡単な挨拶程度の会話だったんだけど、その二人の笑顔がとても優しくて今でも心に残っている。自分をより知るということは、他人に対して優しくなれることに繋がるのかな。自分が信じられずに自信がないから、他人に辛くあたるのかもしれない。
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13番 大日寺

だいにちじ
焼山寺とはうってかわって、交通量の多い街道沿いにあるややこじんまりとしたお寺。門を入ってすぐに目に入る、合掌している手の中に小さな観音像が入った「しあわせ観音」が目をひく。この頃は、もう本尊などにお願い事をすることをやめていたのだけど、ここにはもちろんお参りした。本尊の横にも、願い事を唱えながら撫でると願い事がかなうという「おびんずる様」もあった。
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12番 焼山寺

しょうざんじ
「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」といわれる遍路道の難所。標高938メートルの焼山寺の8合目ぐらいにある奥深い山寺。
昔、この山に火を吐く大蛇がいて、弘法大師が退治し、それを岩窟に閉じ込めた伝説がある。その岩窟は、奥の院に現存するらしい。
車を降りると天然記念物にも指定されているという数百本の杉の巨木が目の前に現れる。推定樹齢300年という巨木は、信仰の歴史を重厚に見せ付けて荘厳な雰囲気。気分が盛り上がる。


しょうざんじとちゅう焼山寺に行く途中も道。徒歩ではないとはいえ、細い山道は神経を使う。僕は一般のルートとは違う脇町インターからの北西の山を越えてきたので、さらに険しい道だった。崖沿いの道でもガードレールがないところがほとんどだった。

しょうざんじながめ寺からの眺め。写真では伝わらないけど、絶景だった。
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2005年08月16日

11番 藤井寺

ふじいでら
境内に入ってすぐ眼に入る弘法大師お手植えとされる藤が綺麗だということから藤井寺というようになったという由来。自然の色濃い山間と、やや古ぼけた山門や本殿が、いい意味で枯れた趣を出している。

1日目はここが最後。
納経時間終了の17時間際に飛び込んで、とりあえず先の朱印だけもらってゆっくりお参り。次は山の上に立つ難所の焼山寺なので、なんとしてもこの寺まできたかったので予定どおり。徳島道土成インターから、新居浜まで帰った。
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10番 切幡寺

きりはたじたいどう
切幡山の中腹、標高155メートルにある寺。ぼろぼろに衣類の傷んだ大師に織り掛けだった布をちぎって与えた娘が本尊である千手観音に即身成仏を果たしたという伝説がある。

ここの最大の見所は、国の重要文化財にも指定されている写真の大塔。
もともとは豊臣秀頼が大阪の住吉神宮に寄進したもので、廃社になった明治6年に当時の住職が買い取ってこの地に15年かけて移築したもの。寄進当時の1618年そのままの姿は、ずっしりとした歴史の重みを感じさせる。




きりはたじからのながめ大塔からの眺め。徳島平野が見渡せる。
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2005年08月15日

8番 熊谷寺

くまたにじ
熊野の修験者が、薪を取り水を汲むという難行をこの地で行っていたのがこの寺の起源とされる山中にある寺。
最大の見所は多宝塔。規模の大きさでは、四国でも最大。また、仁王門も高さ13メートルとこれまた四国で最大規模。
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6番 安楽寺

あんらくじ
山号は「温泉山」、その名の通り、その昔温泉があって万病に効くため、遠方から湯治に来る者も多かったという。

ここの見所はトイレ!
平成10年に作られた草葺の屋根をもつこの建物は、日本トイレ協会(!)のモデルトイレに指定されているそうだ。
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4番 大日寺

だいにちじ山裾に静かに佇む寺。緑の木々の中に映える朱色の鐘楼門が鮮やかだ。

本堂から右づたいの回廊に33体の観音像をガラス越しに見ることができる。これは西国三十三箇所の木造観音像なのだそう。ずらりと妖絶な表情が並ぶさまは壮観。
ここの手水所は、昔は白く濁っていて飲むと胃腸にいいという評判だったけど、近年水の出が悪くてポンプでくみ出すようになってから透明な色になってしまい、胃腸に効くという効能は薄れてしまったそうな。
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3番 金泉寺

きんせんじもともとは金泉明寺といったが、弘法大師が水不足になやむ住民のために井戸を掘ったことから金泉寺と言われるようになったそう。

その井戸が地蔵堂の中にあるんだけど、覗き込んで水面に自分の顔が映れば長命、映らなければ3年以内に死んでしまうという言い伝えがある。僕は怖くて覗けなかった・・。
庭先には「弁慶の力石」という大きな石があった。屋島の戦いに前に戦勝祈願によった義経一行。そのときに、力を誇示して士気をあげるために巨力の弁慶がこの石を持ち上げたという伝説があるそう。

12時28分出発
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1番 霊山寺

霊ざんじ多くの遍路さんにとっての出発点となる寺。なぜここが1番かというと、高野山から海路できて一番近いからという理由。

最初の寺ということで、寺のすぐ外に売店があって、そこでお遍路道具を逐一説明を受けながら一式揃えた。さて、お参りするぞ!と意気込んだものの、御札に住所名前が記入していなくて、筆記道具を取りに車へ。気を取り直して行くぞとまた入ったら、今度は納経帳を忘れて車へ。そしてようやくお参り。とはいっても、やり方に慣れていないので恐る恐るローソクや線香に火をつける。熱心にお経を唱えているお年寄りにビビりながらも、なんとか朱印をゲット。こうして、1番目の寺は終わった。出たすぐそばで、冷やしうどんを食べて2番へ。

11時19分出発
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2005年08月14日

四国八十八箇所巡り 序章

hennro忘れないうちに、寺の一つ一つを書いていこうと思う。
その前に、お遍路さんの予備知識。

四国八十八箇所巡りとは、今から1200年前に弘法大師(空海)が開いたとされる四国中に点在する88の寺を巡る修行のこと。すべてまわると、88の煩悩が取り除かれて88のご利益と功徳があるという。一応は真言宗の修行なんだけど、現在では「癒し」や「自分試し」のために挑戦する人も多い。
ちなみに、どこからはじめても、どう廻ってもよく、車でも徒歩でもかまわない。僕は本当は歩きたいんだけど、時間も限りがあるし車で廻ることに。順番は、一応1番札所から順にまわることにした。

何事も形から入るのがポリシーなので、道具はひととおりそろえることに。

白衣 白装束のこと。夏なので半袖のものにした。
輪袈裟 礼拝の正装具とされるもの。たすきのようなモノで、白衣よりも重要。
金剛杖 杖のこと。弘法大師の化身であるとされて大事にしないといけない。橋の上ではついてはいけないというルールがある。600円。
数珠 真言宗用の88の珠がついた物を購入。うちは浄土真宗なんだけど、お遍路は一応は真言宗の修行だから、真言宗用のものを使うのが筋なのだそう。2000円
経本 般若心経などが書かれている。一応買っておいた。300円。
納札 各寺の本堂と大師堂に住所と名前を書いて納める札。100枚で100円。
ローソク 各寺の本堂と大師堂に1本納める。
線香 各寺の本堂と大師堂に3本づつ納める。
納経帳 各寺を廻った証の朱印をもらうための帳面。スタンプラリーのスタンプ帳みたいなもの。
本尊入れ 納経を受ける際に一緒にもらえる本尊の写しを綺麗に収納しておくもの。僕のはカラーでお寺の写真入り。
頭陀袋 上記のものを入れておくバッグ。肩からかけて持ち運ぶ。
線香入れ 蝋燭と線香とライターを収納できる入れ物。頻繁に出し入れするので、これを別にしておくと便利。
以上 1万2000円くらいかな。

巡拝の作法もひととおり、マニュアルどおりやることに。

1 山門で一礼
2 水屋で口と手をすすぐ
3 鐘楼で鐘をつく
4 本堂に納札を納め、ローソク、線香、賽銭をあげる
5 合掌してお経を唱える
6 大師堂で同様に4,5を行う。
7 納経所で300円を払って納経帳に朱印をもらう。
8 山門で一礼

これが正式作法なんだけど、鐘をつくのは禁止している寺もあるし、やったりやらなかったり。それに5のお経は、さすがに唱えられないので、僕は省略。ただ心静かに合掌しているだけです。

そんなこんなで書いていこう。
posted by ひろりん at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | お遍路さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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